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東京地方裁判所 平成5年(ワ)4004号 判決 1995年11月27日

本訴原告・反訴被告

平石万美

山城一訓

右両名訴訟代理人弁護士

北村行夫

中西義徳

駒宮紀美

澤本淳

松岡優子

川村理

本訴被告・反訴原告

医療法人思誠会

右代表者理事長

鈴木健一

右訴訟代理人弁護士

山本忠義

河東宗文

鈴江辰男

右訴訟復代理人弁護士

前田知道

主文

一  本訴原告(反訴被告)らが本訴被告(反訴原告)に対し、それぞれ雇用契約上の地位を有することを確認する。

二  本訴被告(反訴原告)は本訴原告(反訴被告)山城一訓に対し、三〇九二万七〇〇〇円及び平成七年七月以降本判決確定に至るまで毎月二五日限り月七五万円の割合による金員を支払え。

三  本訴被告(反訴原告)は本訴原告(反訴被告)平石万美に対し、三〇九〇万七〇〇〇円及び平成七年七月以降本判決確定に至るまで毎月二五日限り月七五万円の割合による金員を支払え。

四  本訴原告(反訴被告)らの請求のうち、本判決確定以降の毎月の金員の支払を求める部分をいずれも却下する。

五  本訴原告(反訴被告)らのその余の請求をいずれも棄却する。

六  本訴被告(反訴原告)の請求をいずれも棄却する。

七  訴訟費用は、本訴反訴ともにこれを一〇分し、その一を本訴原告(反訴被告)らの負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

八  本判決は第二及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

(略称)以下においては、本訴原告・反訴被告平石万美を「原告平石」と、同山城一訓を「原告山城」と、本訴被告・反訴原告医療法人思誠会を「被告」と略称する。

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被告は原告らに対し、平成四年二月以後毎月二五日限り、一二五万円を各支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第二項につき、仮執行宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告らは被告に対し、朝日新聞・毎日新聞に、別紙記載の謝罪広告を別紙記載の条件で掲載せよ。

2  原告らは被告に対し、各自五〇〇〇万円及びこれに対する平成五年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

4  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 被告の訴えを却下する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(本案の答弁)

1 被告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(本訴請求関係)

一  請求原因

1 被告は肩書地において、医療法人思誠会富里病院(以下「富里病院」という。)を経営している医療法人である。

2 原告平石は、平成二年一一月二八日に被告と労働契約を締結し、右契約に従って同年一二月一日より内科担当の医師として富里病院に勤務した。右労働契約による原告平石の給与は月額一二五万円であり、毎月一五日〆切の二五日払いの約定となっている。

3 原告山城は、平成元年五月二四日に被告と労働契約を締結し、右契約に従って同日より内科担当の医師として富里病院に勤務した。右労働契約による原告平石の給与は月額一二五万円であり、毎月一五日〆切の二五日払いの約定となっている。

4 被告は、平成三年一二月一二日、原告らに対し、同年一二月一三日以後の出勤を停止する処分をなし、同時に平成四年一月一五日付けで解雇する旨通告し(以下「本件解雇」と言う。)、原告らと被告間の雇用契約の存在を争っている。

5 よって、原告らは被告に対し、本訴請求の趣旨記載の裁判を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。(但し、富里病院は平成六年三月三一日に閉鎖された。)

三  抗弁

1 本件解雇について

(一) 被告は、平成三年一二月一二日、原告らに対し、平成四年一月一五日付けで解雇する旨の意思表示をなし、解雇日までの給与を支払った。

(二) 原告らには、以下のとおり、勤務当時から職務規律違反、業務妨害、名誉信用棄損行為など誠実義務違反が存在していたうえ、解雇告知後も職務規律違反、名誉信用棄損行為を行ってきたものであり、被告との間でこれ以上雇用関係を継続することが不可能な状態にある。よって、原告らに対する解雇は正当であり、雇用契約は終了している。

なお、原告らの以下の行為は被告の就業規則第四四条の懲戒解雇事由にも該当しているが、原告らに対する配慮等から通常解雇したものである。各項の末尾の()内の数字は、就業規則の該当条項であり、各該当条項の内容は以下のとおりである。二一条(禁止事項)二号「当院の名誉又は信用を傷つけること」・三号「当院の業務上の秘密事項又は不利益となる事項を他に漏らすこと」・五号「職務上の権限を超え、又はこれを濫用すること」・七号「理事長又は院長の許可なく病院の物品を院外に持出し、又は使用すること」、四四条(懲戒解雇)一号「第二一条の規定に違反したとき」・四号「病院の物品を無断で持ち出したとき」・六号「故意又は重大な過失により、病院に損害を与えたとき」・七号「業務命令に従わず職場の秩序を乱したとき」・八号「他人に暴行、脅迫を加え、その業務を妨害したとき」、一一号「その他前各号に準ずる行為があったとき」

(1) 原告らは、原告らと同じく富里病院に勤務する金一元(日本名「甲田」以下「甲田医師」と言う。)に対し、その治療方法がMRSAの過剰発生の原因であるとして過剰な非難攻撃を加え、同医師あるいは病院内の他の関係者に対し、同医師を誹謗中傷する発言を繰り返した。(二一条五号、四四条一号、七号、一一号)

(2) 原告らは、病院側の管理運営方法が不当であるとして病院に対し一八項目に及ぶ要求事項を突きつけて団交に及び、直ちにそれに応じないことが不当であるとして、北原聰樹院長(以下「北原院長」と言う。)や病院の職員に対し、しばしば暴言を吐いたり暴行を加えた。(四四条七号、八号、一一号)

(3) 原告らは、自ら、富里病院を退職して他の病院に勤務する旨の発言を繰り返し、富里病院にはいられないなどと暴言を吐き、被告に対する信頼関係を破壊する言動をなしていた。(四四条七号、一一号)

(4) 原告らは、平成三年一二月一一日勤務時間中密かに病院を抜け出し、佐倉保健所に対し、「富里病院が鉄格子の部屋を病室として使用しているのはおかしい。」などと非難中傷に及んだ。なお、原告らは、佐倉保健所に対して第三世代セフェム系抗生物質の過剰投与によるMRSA過剰発生の改善を求めたと主張しているが、当時の保健所長に対する発言はMRSAの相談が中心ではなかった。勤務医に過ぎない原告らが、院長や病院関係者に無断で密かに保健所へ病院の非難中傷を行うことがきわめて重大な規律違反に該当することは言うまでもない。(二一条二号、三号、四四条一号、一一号)

(5) 被告は原告らに対し、平成三年一二月一二日に解雇を告知し、登院停止を命じたにもかかわらず、原告らはその後も病院内に侵入し、密かに甲田医師が担当した患者の検査報告書を無断で複写して持ち出し、約一年後にその写しを朝日新聞の記者に取材の資料として提供した。(二一条七号、四四条四号、一一号)

(6) 原告らは、朝日新聞等マスコミに対し、右検査報告書の写しを開示し、富里病院全体が営利目的による抗生物質の過剰投与をなし感染防止対策をずさんにしていたと虚偽の事実を告知して、富里病院が異常にMRSA感染率の高い病院であるかのような報道をせしめてその名誉信用を棄損した。(二一条二号、三号、四四条六号、一一号)

2 合意解約

本件解雇告知後当初は、原告らは解雇に異議を唱え、またその代理人中西弁護士から内容証明による通知をなす等解雇を争う旨の行動をなしてきた。しかしその異議行為も右内容証明を最後に全く治まり、その後は地位保全の仮処分申請はもとより、なんら解雇無効の主張はなされずじまいであり、本件解雇から一年近くもたって本訴を提訴した。一方平成四年二月には、埼玉県新座市内の医療法人社団堀ノ内病院に臨時雇用ではない常勤の医師として勤務し、それ以後本件訴訟提起にもかかわらず常勤医師として勤務を継続してきたし、仮処分の陳述書を除いては、たとえばマスコミの取材等においても、富里病院への復職の意思の表明は全くなく、富里病院を非難攻撃する発言を繰り返し続けてきた。そのような行動に照らし、原告らはもはや富里病院に復帰する意思を全く有していないことは明かである。以上の事実によれば、原告らは被告の解雇の申し入れに対し、黙示または「意思の実現」と認められる行動によってこれを承諾していることが明らかであるから、雇用契約は合意解約されたと認めるべきである。

3 権利失効または確認の利益の喪失

右2記載の事実に加え、被告の富里病院は一地方の老人病院に過ぎないし、原告らは病院長等の役職にあったわけではなく、原告の生活、将来にとって富里病院への復帰が前記堀ノ内病院等で勤務することに替えがたい重大な利害があるとは到底いえないこと、原告らの言動によりマスコミから名誉信用を棄損された病院側が円満に原告らの勤務を受容することは実際上不可能であるうえに、原告らが勤務していた富里病院自体が保険診療取扱機関の指定取消を受けたことが原因で平成六年三月三一日には閉鎖されており、現実に原告らの労働を受け入れる場所も存在しなくなっていること等の事情に鑑みれば、主観的客観的に労務提供債務が履行不能の状態となっており、原告らの地位確認を認めることはかえって二次的な混乱と紛争を来すことが明らかである。このような状況に照らせば、仮に被告の解雇に違法があるとしても、原告らの利益は損害賠償等の金銭的請求によって償われるべきであって、労務の反対給付を前提とする地位確認訴訟については信義則上既にその利益を喪失したものというべきであるから、確認の利益がないものとして訴えを却下されるかもしくはこれを棄却されるべきである。

4 中間収入の控除

仮に、原告らの本訴請求が認められるとしても、原告らは解雇後平成四年二月から、前記の堀ノ内病院に勤務して収入を得てきたものであるから、次の金額は本訴請求の趣旨二項記載の月額各一二五万円の請求から控除されるべきである。

平成四年二月分

原告山城 三二万三〇〇〇円

原告平石 三四万三〇〇〇円

平成四年三月分以降毎月

原告山城 五〇万円

原告平石 五〇万円

なお、原告らは平成四年三月分以降五〇万円を超える収入を得ていることが認められるが、判例によれば従前の平均賃金の内六割を超える部分についてのみ控除が許されるから、控除可能額は一二五万円の四割に相当する五〇万円となる。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1(一)は認める。同1(二)のうち、被告の主張する解雇の正当性を基礎づける事実(1)ないし(6)は、いずれも事実に反するものであり、百歩譲っても事実を著しく歪曲したものである。

右(1)について

甲田医師の治療方法は医師の裁量の範囲内の投薬ミスにとどまらず、治療を求めて入院した老人に対する甚だしい人権侵害である。

右(2)について

原告らは暴言を放言したことはない。原告らが礼節をもって病院体質の改善申し入れをしたにもかかわらず、被告幹部らが言を左右にして前言を翻し、北原院長が脅迫まがいの説得をしたことから、原告らにおいて、富里病院の管理者及び経営者の下では、今後当院が医療を行ってゆくことはできない等と述べたものである。平成三年一二月一〇日の要求書は、会長就任が予定されていた村上聖子が同月六日、原告らに対し、「要求項目をすべて書いて提出するよう」述べたのを受けて作られたものである。同月四日及び二六日の暴力事件は、いずれも北原院長、板垣敦事務次長ら被告側が先に手を出し、その原因を作り出したものである。

右(4)について

原告らが平成三年一二月一一日に、佐倉保健所に対し、富里病院における抗生物質の過剰投与等の実態を上申し、指導改善方を求めたことは認める。右上申は、原告らの医師という立場に基づく社会的な責務を果たすべく、まず被告病院内での改善を同病院幹部へ働きかけた後に、被告自身に自浄能力なしと判断して、公的機関への上申に及んだものである。すなわち、原告らは甲田医師が、抗生物質を過剰投与していることに気づき、平成三年七月、このような投薬の仕方が患者の健康にとってゆゆしき事態の生じている原因であることを北原院長に上申し改善を求めた。しかし、それに対し、北原院長は既に右事実を知っていて、右医師の右投薬に問題があるという評価・認識をもっていたと明言し、病院経営の論理を盾に右行為を是認し、原告らがこの問題に沈黙するよう申し述べた。原告らは、一度ならず北原院長ほか病院幹部との会談をもったが、病院側の考えは変わらなかった。むしろ、原告らは脅迫を受けた。そして、同病院は医療法人とはいうものの、実質的なオーナーが営利会社であり、理事会がついぞ開かれたことがない、という話さえも北原院長自らの口から聞き、病院が是とする営利的投薬行為追認の理由が根強いものであることを知った。そこで、自浄能力なしと判断し、佐倉保健所に上申したのである。

右(5)について

登院停止に違反した事実は認めるが、これは突然の登院停止という患者の引継を無視したやり方にこそ原因がある。また、甲田医師の検査報告書の無断複写は解雇通告後に行ったものではなく、甲田医師の乱療の端著を知ったころに始めたものである。

2 抗弁2及び3は否認ないし争う。

3 抗弁4のうち、原告らが前記堀ノ内病院に勤務し、被告主張の収入を得ている点は認める。その余は争う。

(反訴請求関係)

一  反訴請求原因

1 原告らは、被告から本件解雇されたことに遺恨を抱き、新聞に被告を非難する記事を掲載させることにより、もっぱら被告の名誉、信用を棄損して損害を与えて遺恨を晴らす目的で、共謀のうえ、北原院長管理にかかる患者の検査報告書の写しを無断で取り、これを取材資料として朝日新聞社等の記者に対し交付し、また、被告が経営する富里病院に関し、

(一) 富里病院においては、営利目的による抗生物質の過剰投与と感染防止のための管理がずさんなことにより、他の病院と比較して極めて大量のMRSAの感染症が生じており、一〇九人が感染をして八〇人以上が既に死亡している。

(二) 富里病院においては、許可されていない鉄格子の部屋に患者を収容している。

(三) 原告らが北原院長に対し右の改善を求めたにもかかわらず、その改善措置が講じられないため、平成三年一二月一一日、佐倉保健所に対し、抗生物質の過剰投与と鉄格子の部屋への患者の収容を改善するよう指導を求めたところ、被告はMRSAの件を隠蔽する目的で原告らを解雇した。

等の虚偽の事実を新聞記者の取材に対して説明したり、記者会見で発表したりして、平成四年一二月一六日朝日新聞に右の旨の記事が掲載されたのを初めとして、その後平成五年二月ころまでの間数回にわたり、朝日新聞・毎日新聞等の報道機関で同種の記事を掲載、報道させ、もって被告の名誉、信用を棄損した。

2 その結果被告が被った物質的・精神的損害は、少なくとも五〇〇〇万円を下らない。

3 よって、被告は原告らに対し、不法行為による名誉棄損に対する被告の名誉回復措置として別紙記載の謝罪広告の掲載を求めるとともに、右損害に対する賠償として、連帯して五〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である反訴状送達の日の翌日である平成五年三月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  反訴請求に対する本案前の主張

本件反訴は、反訴の要件を欠く不適法な反訴である。

1 本訴請求との牽連性がない。

本訴請求は、もっぱら本件解雇の意思表示以前の事実のみが争点になっている。反訴請求は、もっぱら本件解雇の意思表示以後の事実のみを争点とするものである。以上によれば、反訴請求は、本訴請求とはなんら牽連性がない。

2 本訴の防御方法との牽連性がない。

本訴請求における賃金債権は、労働基準法二四条規定の全額払い、直接払いの原則により、いかなる債権をもってしても相殺に供することは許されない。よって、反訴請求は、本訴の防御方法との牽連性がない。

三  右本案前の主張に対する被告の答弁

本件反訴は本訴と事実上・法律上の共通点を有する。

1 本訴の争点は、本件解雇が解雇権の濫用に該当するか否かである。その判断のためには、富里病院において原告らのいう営利目的による抗生物質の過剰投与が行われていたか否か、原告らが佐倉保健所に改善を求めた内容が抗生物質の過剰投与とMRSAの大量発生に対する改善勧告の措置か否か、被告の解雇の目的が原告らの正当な行為を抑止し隠蔽するためであるか否か等の事実の認定が必要不可欠である。一方、反訴の争点の一つは、マスコミ報道の真実性、原告らの取材協力・資料提供等の内容あるいはその動機・目的等にある。それを判断するについては、右と同様の事実の認定が必要であり、基礎となる事実関係は、主要な点で解雇権濫用の要件と共通する。言い換えれば、解雇の事実と不法行為の対象たる事実とは同一でないものの、両者は一連の密接な関連を有し、共通の基礎事実から発生しているものである。

本訴と反訴の基礎となる事実に共通性が認められる以上、その双方の攻撃防御方法に事実上の牽連関係が認められることになるし、さらに、解雇権濫用の要件や不法行為における違法性の要件を構成する具体的事実が主要事実であるとするなら、法律上の牽連関係もまた認められることになる。

2 さらに、被告は本訴において、解雇の正当性を基礎づける事実として、原告らのマスコミへの報道提供と真実に反する不当な報道がなされた事実を主張している。よって、反訴請求の主要事実として主張する反訴被告の不法行為そのものが、解雇の正当性の主要事実もしくは主要な間接事実となり、両請求の法律上の牽連性も認められる。

四  反訴請求原因に対する認否

請求原因1のうち、「原告らが患者の検査報告書の写しを無断で取った」ことは認め、その余は否認する。右写しを取ったのは、在職中の調査・研究の必要に基づくものである。同2は否認する。

理由

第一  本訴請求について

一  請求原因事実は全て当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁1本件解雇の効力について判断する。

1  抗弁1(一)(本件解雇の意思表示等)は、当事者間に争いがない。

2  本件解雇に至る経緯

証拠(甲一三、一五ないし一八、二一、二四ないし二六、乙三ないし六、二四、二八の一及び二、証人北原聰樹、原告山城本人並びに弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告は、本件解雇当時は、富里病院(老人特例病院)及び勝田台病院を経営していた。被告の理事長兼富里病院院長は北原聰樹であったが、実質的経営者は出資者である村上秀雄(以下「村上会長」と言う。)であり、同人が被告の経営権、人事権等を掌握していた。村上会長は、もともとは医療関係者ではなく、昭和六二、三年ころ、営利目的で被告の医療法人の権利を買い受けて被告を経営するようになったもので、理事会は被告開設後の約五年間に二、三回しか開かれていなかった。

原告山城は、平成元年三月に国立大分医科大学を卒業し、同年五月二四日被告に採用された。原告平石は原告山城と大学が同級であり、原告山城の紹介で平成二年一一月二八日被告に採用された。

(二) 北原院長及び被告病院医療関係者は、平成二年末ころから、富里病院において、患者内にMRSA保菌者が増えてきたことに気づき始めた。そこで、平成三年の四月ころ、北原院長のもと、原告ら医師らや看護婦が勉強会及び会議を各一回開催し、手洗い・消毒の励行、感染症の患者の隔離、MRSAの発生原因の一つと言われる第三世代抗生物質の投与を控えることなどについて相互に確認し、同年五月ころ、原告平石が感染防止対策マニュアルを作成し、富里病院としてMRSA対策を実施することにした。

(三)、他方、原告山城は、同年六月末ころ、甲田医師に頼まれて同医師担当の患者にIVHの挿入しようとした際、看護婦から同患者が食事を摂取できると教えられてカルテを検討したところ、IVHの必要はないものと判断されたことや、当直診療の際に、甲田医師がその担当患者に薬剤感受性検査の結果と関係なく第三世代セフェム系の抗生物質を連続的に投与していることに気づいたことから、甲田医師の診療方法に疑問をもつようになった。そこで、原告らは、北原院長や甲田医師の許可を得ることなく無断で、夜間、甲田医師担当の患者のカルテを見てメモしたり、薬剤感受性検査報告書等をコピーして持ち出した。その分析結果から、原告らは甲田医師が薬剤感受性検査の結果と無関係に抗生物質を多用しており、このような投薬方法によりMRSA発生率が高くなっていると判断し、同年七月ころから再三、北原院長に同医師の指導を上申し、村上会長らにも同様の上申をした。これに対して、北原院長や村上会長らは指導改善すると返答し、北原院長は、甲田医師にはいずれ辞めてもらうつもりであるとまで言ったが、その後も甲田医師の診療方法に全く変化はなかった。

(四) ところで、被告は平成元年の八月か九月ころ甲田医師を採用したものであるが、採用後間もなく、北原院長は、甲田医師が個々の患者の症状等に無関係に薬価差益の大きいいわゆる第三世代抗生物質を過剰投与するなど過剰診療をしていることに気づくとともに、その動機は営利目的によるものではないかと思うようになった。そこで、北原院長は村上会長に甲田医師の解雇を上申したが、村上会長は、同医師の診療方法は収益性が高いことなどから、北原院長によろしく指導してやってくれと言うのみで、甲田医師を採用し続けていた。そればかりか、北原院長ら被告幹部の集まった席で、甲田医師が病院経営に貢献していると評価したり、同医師を副院長待遇に処遇したりした。北原院長は、原告らの上申もあったため、甲田医師に、抗生物質、特に第三世代セフェム系の抗生物質の過剰投与について注意はしたのであるが、同医師は、第三世代セフェム系の抗生物質を二、三種類併用するとMRSAにも効くとの論文があるとか、老人はなかなか症状が出ず、症状が出たときには重症になるので、些細な症状を把握してあらかじめ投与しているのだなどと主張して、北原院長の指示に従わなかった。北原院長は、甲田医師の抗生物質の投与の仕方は非常識だと考えていたものの、甲田医師から右のように反論されると、それ以上の措置を採ることはなかった。

なお、北原院長が原告らに第三世代セフェム系の抗生物質の過剰投与などの過剰診療を指示、強制したことはない。また、当時、富里病院の入院患者におけるMRSAの保菌者数・死亡者数の割合が、一般病院と比較して多い方であったことは認められるが、正確な統計資料がないうえ、富里病院は一般的にMRSA患者数の多い老人病院であるところ、他の老人病院と比較した場合に、富里病院におけるMRSA保菌者数・死亡者数の割合がどの程度多かったかは、本件証拠からは認定できない。

(五) 原告らは、右上申にも関わらず、甲田医師の診療方法が全く変わらないことや、北原院長や村上会長の言動から、北原院長や村上会長は本当は甲田医師に指導改善するつもりは全くなく、病院全体で、甲田医師の不適切な医療を、営利本意という経営方針の下に許容しているとの疑いをもつようになった。そこで、原告らは、北原院長や村上会長に対して、「こんな嘘つきとはつきあえない。」「こんな病院にはいられない。」などと言い、北原院長ら病院関係者の前で、甲田医師のことを「人殺しである」とか、「医者ではない」などと放言した。

(六) 同年一一月二二日に村上会長が死亡し、その妻の村上聖子が被告の実質的経営者となった。村上会長死亡後、原告らは病院の各部署を回って、富里病院の行っている職場検診は違法であると言うなど、被告に対し早期の改革を要求し、その言動は過激になっていった。同年一二月四日夜、千葉市内の飲食店で原告らと北原院長らが酒食をともにしていた際、原告らと北原院長とが富里病院の治療方法をめぐって口論となった挙げ句、北原院長が原告平石に酒をかけたのをきっかけに、原告平石が一緒にいた事務職員を蹴るなど双方交えた喧嘩となったが、店員に呼ばれた警官の仲裁により収まった。

(七) 同月六日、村上聖子は原告らに要求事項を書面にするように言ったので、原告平石は一八項目の要求事項を書いた「要求」と題する書面を作成した。右「要求」は、病院設備の改善、診療内容の適正化、職員の待遇、病院運営について、原告らの要求事項を箇条書きにしたものであった。原告らは、同月一〇日、村上聖子、北原院長や村上会長の共同経営者的存在であった柴田英夫理事らの前で右「要求」を読み上げ、一項目ごとに説明しようとしたが、その際の柴田理事らの態度から、同人らが真剣に右要求を取り上げて改善する意思がないものと判断し、右会談修了後、原告両名は相談のうえ、佐倉保健所へ富里病院の実態を上申することにした。

(八) 翌一一日、原告らは勤務時間中に被告を抜け出し、佐倉保健所へ赴いて、同保健所長と面会し、まず、富里病院内の窓に鉄格子のはまっている病室(被告においては「リカバリールーム」と呼称していた)が県の許可を得ているか尋ねた後、「被告では、検査の結果にかかわらず、抗生物質を多用しているから耐性緑膿菌や腸球菌とかが非常に多く、MRSA患者がたくさん出現している。病室は汚くて、患者を詰め込めるだけ詰め込んでいる。」などと申告し、指導改善を求めた。なお、原告らは、退所間際に保健所職員からリカバリールームは県の許可を得ていることを教えられた。翌日、原告らの言動等から不審を感じた被告が、同保健所へ確認したところ、同保健所は原告らの話していった内容を教えてはくれなかったが、原告らが富里病院について何らかの申告をしたことは判明したので、同日夕方、村上聖子、柴田理事、北原院長は、原告らの解雇を決定した。なお、その後、原告らの右申告内容に関して、右保健所から被告に対して指導がなされたことはなく、保健所が右申告内容を公表したこともない。

3  本件解雇の効力について

(一) 右認定事実によれば、被告が原告らを解雇した直接の理由は、被告主張の解雇事由の(4)(佐倉保健所への申告)であることが窺われる。そして、前記2(八)で認定したとおり、原告らは平成三年一二月一一日、勤務時間中に佐倉保健所へ赴き、富里病院における治療方法、衛生状態、リカバリールーム等について内部告発をし、その指導改善方を求めたものである。しかし、前記認定事実によれば、富里病院においては、甲田医師が抗生物質の過剰かつ不適切な投与を行うなどしていたこと、その診療方法は、北原院長も、非常識であると考えて、村上会長に同医師の解雇を上申していたほどであって、医学的見地から誤りである蓋然性が高いこと、当時、富里病院においては、MRSA保菌者が相当数存在し、死亡者も発生しており、第三世代系の抗生物質の過剰かつ不適切な投与がその原因の一つとなっている可能性が高く、甲田医師の診療方法は入院患者の身体・生命の安全に直接関わる問題であること、原告らは北原院長や村上会長らに、甲田医師の診療方法等について、再三その指導改善を求めたが、甲田医師の診療方法に変化はなく、原告らは被告が右診療方法等の改善をする気がないものと判断して、保健所による指導改善を期待して右内部告発に及んだものであり、不当な目的は認められないこと、原告らが、右保健所への申告内容が右保健所を通じて公表されたり、社会一般に広く流布されることを予見ないし意図していたとも認められないこと、被告は右申告の翌日に原告らを本件解雇したものであるが、本件解雇通告時はもちろん、その後も保健所を通じて原告らの申告内容が外部に公表されたことはなく、保健所から不利益な扱いを受けたこともないことが認められる。以上によれば、原告らの佐倉保健所への申告を理由に、原告らを解雇するのは、解雇権の濫用にあたると言うべきである。

(二) その他の解雇事由について

(1) 前記認定のとおり、原告らは、甲田医師について「人殺しである」とか「医者ではない」などと被告病院関係者らの前で放言し、北原院長や村上会長に対して、「こんな嘘つきとはつきあえない。」「こんな病院にはいられない。」などと不穏当な発言をしたことが認められる。しかし、右各発言によって、職場や業務が混乱したと認めるに足りる証拠はないうえ、前記認定のとおり、右発言は、原告らが甲田医師に対する指導改善等を北原院長や村上会長に再三上申し、北原院長らが改善指導を約束したにもかかわらず、改善がなされなかった過程においてなされた発言であって、このような発言がなされるについては被告にも責任があると言うべきであり、「業務命令に従わず、職場の秩序を乱した」等の解雇事由に該当するとまでは言えない。

(2) 前記認定のとおり、平成三年一二月に、原告らが一八項目の要求事項を書いた「要求」と題する書面を作成し、同月一〇日、これを村上聖子らの前で読み上げようとしたことが認められる。しかし、右「要求」は、原告らが、村上会長の死後被告の実質的経営者となった村上聖子から、要求事項を書面にするように言われて作成したもので、原告らは、右書面を読み上げて説明しようとしたにとどまり、これによって、職場の秩序を乱したり、業務に支障を来したと認めるに足りる証拠もなく、解雇事由には該当しない。

(3) 前記認定のとおり、同月四日夜、原告らと北原院長らとの間で、暴力事件が発生したことは認められる。しかし、これは、酒食の席で発生した個人的な喧嘩であって被告の業務を妨害したとは言えず、また、その発端には、北原院長ら被告側にも責任が認められ、解雇事由には該当しない。なお、被告の主張する同月二六日の暴行事件は、本件解雇通告後のことであり、解雇事由にはならない。

(4) 前記認定のとおり、原告らが平成三年六月ころ、甲田医師や北原院長の許可を得ることなく無断で、甲田医師のカルテをメモし、薬剤感受性検査報告書をコピーして持出したことが認められるところ、右行為は、被告の許可なく病院の物品を院外に持ち出し、または使用したものとして就業規則二一条七号に該当するし、道義的にも問題のある行動である。しかし、原告らがこのようなことをしたのは、甲田医師の診療方法が不適切である疑いが相当程度あったため、これを検証したうえで、被告に指導改善を上申するためであったこと、右診療方法は、患者の生命や身体の安全に関わる問題であることからすると、これを理由に原告らを解雇するのは酷に過ぎ、権利の濫用にあたると言うべきである。なお、原告らが右薬剤感受性検査報告書の写しを新聞記者に提供したと認めるに足りる証拠はない。

(5) 被告の主張する解雇事由(6)は、本件解雇当時には存在しなかった事由を本件解雇の理由とするものであるから、主張自体失当である。

三  合意解約及び権利失効または確認の利益の喪失について

原告らが本件解雇後間もなく、他の病院に勤務し、相当の収入を得ていることは当事者間に争いがなく、また、乙三四によれば、富里病院は平成六年三月三一日に閉鎖されたことが認められる。しかし、甲七ないし九及び弁論の全趣旨によれば、本件解雇通告当時から、原告らが本件解雇に納得せず、北原院長に解雇理由を問い質したり、出勤停止命令を無視して病院内へ立ち入ろうとしたこと、平成四年一月には、原告ら代理人弁護士に依頼し、同弁護士は、同月一六日付けの内容証明で、被告に対し、本件解雇は無効であり、法廷で効力を争う準備中である旨通告していること、本件提訴は本件解雇の日から一年以内になされていること、被告は富里病院以外に勝田台病院も経営していて、原告らの労働を受け入れる場所が存在しなくなったとは言えないことが認められ、原告らが本件解雇を承諾し、雇用契約が合意解約されたとか、権利が失効しまたは確認の利益が喪失したとはいえない。

四  中間利益の控除

原告らがいずれも、本件解雇後の平成四年二月から、前記堀ノ内病院に勤務して、同年二月には原告山城が三二万三〇〇〇円、原告平石が三四万三〇〇〇円、同年三月以降はそれぞれ毎月五〇万円を超える収入を得ていることは、当事者間に争いがない。そして、使用者の責めに帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間中に他の職について利益を得たときは、使用者は、右労働者に解雇期間中の賃金を支払うにあたり右利益の額を賃金額から控除することができるが、労働基準法二六条からすれば、平均賃金の六割に達するまでの部分については利益控除の対象とすることが禁止されているものと解される。よって、同年二月分については、それぞれその額を、同年三月分以降は、被告勤務時の一二五万円の賃金の内六割を超える部分である五〇万円を、それぞれ控除する。

五  将来の賃金請求について

以上のとおり、被告の原告らに対する本件解雇はいずれも無効であるから、被告は原告らに対し、既に支払期日が経過した分の賃金を支払うべき義務があり、また、被告が請求している将来の賃金の請求についても、本判決確定までの分は、予め請求する必要があると認められるが、本判決確定後の分については特段の事情が認められない限り請求する必要があるとは認められないところ、本件においては右特段の事情は認められないので、本判決確定後の分は、訴えの利益がないものとして、訴えを却下する。

第二  反訴請求について

一  原告らの本案前の主張について

本件反訴は、本件本訴における被告主張の解雇事由(4)ないし(6)と事実上の共通点を有し、反訴の要件に欠ける点はなく、原告らの本案前の主張は理由がない。

二  請求原因1について

乙六ないし九、一二、一三、一六ないし一八及び二二によれば、平成四年一二月一六日の朝日新聞を初めとして朝日新聞、毎日新聞に被告主張の趣旨の記事が掲載されたことが認められる。そして、右各記事の内容に原告らの本件における主張と共通点があること、朝日新聞の記事からは、富里病院関係者に取材協力者がいることが認められること、朝日新聞には原告らがコピーした薬剤感受性検査報告書と同様の薬剤感受性検査報告書の写真が掲載されていること(甲一七、乙六、原告山城)、富里病院に関し朝日新聞に初めて記事が掲載された日と本件提訴日が同じ日であることからすると、原告らが右各記事の掲載にあたって、何らかの関与をした可能性は示唆されるものの、新聞に掲載された薬剤感受性検査報告書と原告らのコピーした同報告書が同一物であると認めるに足りる証拠はないし、原告らの関与の内容を具体的に認定するに足りる証拠もなく、被告の主張は推測の域を出ない。また、本件解雇についての各記事には、「被告がMRSAの件を隠蔽する目的で原告らを解雇した」旨の記載はなく、記載内容は、前記認定事実に概ね沿うものであって、不法行為にあたらない。よって、その余の点について判断するまでもなく、被告の主張は理由がない。

第三  結論

以上によれば、原告らの本訴請求は主文の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから却下ないし棄却し、被告の反訴請求は失当であるから棄却する。

(裁判官白石史子)

謝罪広告

一 謝罪広告文

私らが、朝日新聞及び毎日新聞等に対し、「貴法人が経営する富里病院において、営利を目的とする抗生物質の過剰投与とずさんな感染防止体制が原因で、他の病院に比較して極めて大量のMRSA感染者及び同感染症による死者が生じていた。その改善を求めるため佐倉保健所に指導を求めたところ、右事実を隠蔽するため私らを不当に解雇した。」などと述べたことにより、平成四年一二月一二日から平成五年二月頃にかけて、朝日新聞及び毎日新聞等の紙上で右の旨の記事が掲載されましたが、右事実は誤りであり、貴法人及びその関係者、患者等に多大の迷惑を及ぼしたことを深くお詫び致します。

平成 年 月 日

埼玉県所沢市安松一〇七〇番地一〇

平石万美

埼玉県新座市野寺一丁目一番三二号

山城一訓

千葉県印旛郡富里町中沢字牧野一五九六番地五

医療法人 思誠会

右代表者理事長 北原聰樹殿

二 掲載条件

1 字格・五号文字を使用すること。

2 全国版社会面に二日間継続して掲載すること。

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